幾千の星の夜を越えて

それは銀河が僕にくれた奇跡

「それぞれの今」と「あの夏」

 

 

 

 

 

 

 

2020年、明けましておめでとうございます。

毎年恒例の、年が変わってすぐに前年の楽曲をランキング形式で振り返る企画。ランキングがどうのこうのというよりも、参加するファンが振り返る1つのきっかけになっていて、それは私にとってもそうで。毎年毎年本当にありがたいなと思う。主催者の方には頭が上がらない。

 

 

 

2020年を迎え、今年も開催ツイートを目にした。好きな人たちの2019年の楽曲を振り返ってみよう、と思った。

 

 

でも、2019年の楽曲を、自分なりに順位をつけるとしたら、何か考えるより先に、1位は決まった。というか、何も考えなくても、わたしにとっての1位は決まっていた。

そして、その「1位」たる歌は、どうしてもわたしを2019年の夏に連れて行く。そういう力を持っているから「1位」以外に付けようがないんだと、きっとわたしは分かっている。その力に抗うこともできずに、わたしは2019年の夏に連れて行かれる。

あの夏、その夏。2019年の夏。

良いとか悪いとか、懐かしいとか戻りたいとか今だって楽しいとか、そういう次元の話ではなくて。ただあの夏を思い出して途方もなく切なくなる。思い出すたびに、こうやって振り返るたびに、途方もなく涙が出る。

 

 

 

2020年を迎えた今、わたしは2019年の夏のその続きを知っている。錦戸さんが関ジャニ∞脱退・事務所から退所をしたこと。関ジャニ∞が47都道府県ツアーを平均年齢35歳超にして12年ぶりに行っていること。錦戸さんがソロ活動を行うと発表し、ツアーをやってソロアルバムを出したこと。関ジャニ∞が5人で「友よ」をリリースしたこと。関ジャニ∞が5人で紅白に出て、カウコンにも出たこと。全部自分の目で見てきた。

見てきた感想として、どれも楽しかった。

錦戸さんのソロツアーが楽しくて、改めて錦戸さんのことが好きだと自覚して、ソロアルバムが良いアルバムで。どこにいたってこの人が好きなんだなと思ったし、好きだと思わせてくれる錦戸さんだった。オーラスの挨拶と、そしてノマドとを見たとき、まさにこのブログに以前書いた''一生''も''永遠''も軽々しく使うのをやめる…という決意も持ちつづけた上で、あの景色を一生愛したいな、と思った。そういう、''始まりの一歩''だった。

そこにいるのは確かに私が大好きな関ジャニ∞であるのに、5人という人数の少なさにびっくりしながら見た「友よ」も、本当に、本当に良い曲だったし、歌う関ジャニ∞はとってもかっこよかった。関ジャニ∞がやっぱり大好きだなと思えて、見ていると元気をもらえた。

 

 

 

 

 

けれど、「咲く、今。」を聞いて思い出すあの夏、2019年の夏、わたしはなーーーんにも知らなくて、ただ十五祭が楽しくて仕方がなくて、でも、なんにも知らなかった。

 

なーーーんにも、というと語弊があるかもしれなくて…当時既に決まっていた、でもわたしたちは知らなかったその事実は、3月7日に某誌によって勝手な尾鰭を付けられたかたちでいちどわたしたちに知らされていた。日にちが日にちだったこともありよく覚えている。木曜日で、レンジャー更新日だった。時差のあるところにいたので朝の4時とかだったけれど、既に3時間くらいめそめそ電話を繋いでくれていた錦戸担の友人とそれを見た。本人はもちろん、他のメンバーもどこにもそんな内容は書いていなくて、でもじゃあ、なーんだガセじゃん、と笑って言えるような状況でもなかった。シングルを出しているのに音楽番組に一切出なかったこととか、「6人揃った」姿を見ることが異様に少なかったこととか、ガセと信じたいその内容の裏付けになりそうなことを言い始めたらキリがなかったから。正直、某誌のそれが出た時からツアーが始まるまで、6人全員の仕事を夏の大型歌番組とセブンくらいしか覚えていない。2つある冠番組でも全員揃っていたことがあった……か??

 

それでも、錦戸さんが好きなわたしは、錦戸さんが「無言実行」タイプで、逆に言うと「言葉にした」ことに関しては何がなんでも絶対にやると知っていたので、「ツアー頑張る」と言っている以上次のツアーまでは確実に、絶対に関ジャニ∞なんだな、ということだけはわかった。少しでも検索すれば色んな人が色んなことを言っていたけれど、好きな人の言うそれだけは確実だなって信用できた。

たぶん似たように感じていたのであろう友人たちとだけ、「もしかして、もしかしたら、最後なのかもしれない」と言い合ってツアーに臨んだ。

 

 

けれど、ツアーに行ってみたら、十五祭があまりにも楽しくて、関ジャニ∞の走馬灯のような、本気のお楽しみ袋のようなライブで、そしてメンバーのそれぞれがあまりにも通常運転で、関ジャニ∞が大好きだという気持ちに改めてぶん殴られたような気持ちだった。最後だとか、最後じゃないとか、少なくともあの3時間には頭をよぎらないくらいずっと楽しいライブだった。

わたしが知っている時代も知らない時代も、8人時代も7人時代も全て、何一つなかったことになんてされずに、楽しかった、だけでは決してなかった日々を全部そのまま「歴史」にしてこれからも進み続けようとする彼らの在り方がまるっと大好きだった。OP映像も、「ここに」前の映像も、「LIFE〜目の前の向こうへ〜」の映像も、ペンライトだってそうだった。そういう場面でわたしは泣いてしまっていたけれど、その映像自体も彼らのスタンスもひとつもじめじめなんてしていなくて、「どんな時も笑っていようぜ!」という彼らの信条そのものだった。

 

 

 

改めて関ジャニ∞が大好きだと突きつけられ、十五祭が楽しくて楽しくて仕方のなかった夏の終わり、その最後まで私が見たのは6人の関ジャニ∞だった。何も変わらずに、最後まで楽しいしかなくて、みんなでダブルアンコールの無限大を歌って、いっぱい泣いて、

「15→16 to be continued」

にまた泣いて。

ああ続くんだなと思った。死ぬほど安心して、死ぬほど嬉しかった。なにか言うとかではなくてこうやって示してくれることがめちゃくちゃ関ジャニ∞らしいなと思った。友人たちと、よかったね、いいライブだったねと噛み締めていた。

 

 

 

でも、6人最後の夏だった。

あまりにも錦戸さんらしすぎる去り方と、錦戸亮がどういう男かをあまりにもよく知っている5人の男の送り方だった。誰にも、どこにも、なにも嘘はなかった。ただ、2019年の夏は関ジャニ∞が6人で過ごした最後の夏だった。

なんにも知らせずに、ただわたしたちを楽しませてくれたあの夏が、輝いて仕方がない。

 

オクロックでジャンプアップで登場してくれたこと。オクロックの新バージョンを披露してくれたこと。眠らせていた曲もいっぱいやってくれたこと。いっぱい踊ってくれたこと。キャンジャニちゃんも見せてくれたこと。ロマネの照明の色。すごくコンパクトなバンドのセットリストでこれまでにないくらい熱狂したこと。アンコール15曲の「楽しい」の畳み掛けっぷり。

関ジャニ∞が最高で最強だって心の底から思えたこと。

オーラスの冒頭の「1000万人達成!」が嬉しくて、ファンの一員でいられたことに泣いてしまったこと。オーラスの勝手に仕上がれのあの空気。

横山くんがオーラス冒頭でなんとも泣きそうな表情だったこと。

村上くんがいつもどおりMCであまり喋らない錦戸亮ちゃんに気付いて「亮は?」って話を振ってくれていたこと。

やすくんが錦戸亮ちゃんに『君というヒカリで照らして連れてって』と歌われている時のあの表情。

丸山さんが何度も何度も錦戸亮ちゃんと目を合わせてはふたりでニヤニヤしていた9/2公演のこと。

大倉くんがこの楽しくて楽しくて仕方のなかった十五祭を中心となって作り上げてくれたこと。錦戸亮ちゃんのことを『マイメン』と言ったこと。

 

 

 

この全部が、2019年の夏にはあった。

なんで本編最後が「咲く、今。」なんだよ、某誌肯定するみたいじゃん!って笑っていた自分が恨めしくもある。でもそうやって思わせてくれるくらい楽しい夏だったことにも、教えてくれずに楽しいで埋め尽くしてくれたことにも、わたしは6人全員にこれ以上ないくらい感謝しています。「ありがとう」と「さよなら」だったんだな。

 

 

 

 

 

関ジャニ∞の曲ではないけれど、2019年の夏は、エンドレス・サマーだったし、そうであってほしいな、と思う。一生も、永遠も存在しないけれど、それでも。

扉はいつもきっとあの夏に繋がっている

「咲く、今。」はわたしにとって、エンドレス・サマーへの「扉」なんだろうな。だからこんなにも大切なんだろうな。

「咲く、今。」という扉の向こうのあの夏は、それぞれの今が始まる、さよならとありがとうの季節だった。思い出すたびに楽しくて、切なくて、だからこそというわけではないけれど余計に輝く。

これからも、錦戸亮ちゃんも関ジャニ∞も、そして渋谷さんも内くんもそれぞれの道を進んでいく。進めば進むほどにいま大切に思うこの思い出も気持ちも、私が少しずつ思い出せなくなるような気もしてしまって寂しさや苦さを感じたりもするけれど、その寂しさや苦ささえも彼が関ジャニ∞であった証のように思えて、だからこそ2019年の夏をわたしはこれからも、余計に大切にできるようにも思う。ずっとずっと、心の中に大事に大事にしまっておきたい。扉も、あの夏も。

 

 

 

 

 

 

 

「拝啓 親愛なる」






錦戸亮さんへ。







親愛なる、と言ってもわたしが一方的にそう思っているだけですが。
関ジャニ∞だった、NEWSだった、そして今日でジャニーズ事務所のアイドルとしての人生を終える、錦戸亮さんへ。







今まで、アイドルとして、ジャニーズとして、関ジャニ∞として、NEWSとして、生きてその仕事を全うしてくれて本当にありがとうございました。
ジャニーズに入ってから、非凡な才能を持つ貴方にとっても平坦ではなかったであろう道をずっと歩んできてくれて、そして私をファンにしてくれて、本当にありがとうございました。







たのしかった、しかない。

わたしも、錦戸担としての人生を今日で終えるんだなと思う。
これから、
大好きだった錦戸亮ちゃんのあのダンス、確かにリズムを刻んでいるのに流れるような、しなやかで軽やかでいくらでも見ていられてスタイルの良さが驚くほどに映えるあのダンスも、大好きだった関ジャニ∞メンバーとの絡みも、どきどきしながら見たNEWSメンバーとの絡みも、いい曲もたっくさんあって 思い出の詰まった関ジャニ∞の曲を歌う彼も、もしかしてもしかしたらいつかは…と期待を捨てきれずにいたNEWSの曲をNEWSとともに歌う彼も、
もう「永遠に」「絶対に」見られないかもしれなくて、それを思うとつらくてかなしくてさみしくて涙が出るけれど、
それでも、錦戸さんが、関ジャニ∞で、ジャニーズで、自分のやるべきことはもうない、もうここに自分の居場所はないと思うのなら、わたしだって「錦戸担」というおたくとしての人生に、悔いなんてないなと、本気で思うのです。わたしは錦戸担として、生ききった。そんな風に思えるのも、錦戸亮ちゃんが錦戸亮という生き方を現在進行形で全うしていて、ファンとしてその生き方を本当にかっこいいと思っているから、だと思う。さみしくても、かなしくても。


錦戸さんは脱退・退所の理由を話す機会を設ける、例えば会見をやるとかそういう内容の映像を出すとかそういうことは一切しなかった。とてもシンプルなメッセージ。
死ぬほど錦戸さんらしいな、と思うし、錦戸さんがそう言うならそうなんだ、とわたしは思う…というか、思うことができる、とも言うと思う。あのシンプルなメッセージ「だけ」なのか、あのシンプルなメッセージに感じ取るのか。
錦戸さんとは袂を別つ関ジャニ∞のメンバーに関しても、そうなんだな、彼らは5人でやっていくんだなと思った。
それぞれをかっこいいなと思った。


 

こうやって書くと何にもショックじゃなかったみたいなんだけれど。
ショックじゃないわけがなかった。
6人の関ジャニ∞をようやく受け入れて、そしていつしか大好きになっていたのももう見られなくなる、し、大好きな錦戸さんの決断とはいえそれ自体が辛いんだよとか、
それこそもう大好きだった、いや、大好きとかいう言葉では表せないようなほどに感情を揺さぶられることだってあったまるりょをもう少なくとも表舞台では決して見られなくなるとか、
だって錦戸さんにとって6人の関ジャニ∞であることがベストじゃなかったとして、ベストじゃないけれどこの人たちとだからそれでもいい…とまでは思えなかったってことでしょう*1とか、
思うところは本当にいっぱいあって、考えるたびに虚無感を感じたり、何を思うより先に涙が出たりすることは数え切れないくらいあった1ヶ月弱だった。話題に上がるたびに、自分から話すたびに、なんでもなさそうなふりをしていないとその場で泣いてしまいそうで。きっとこれからも思い出すたびに悲しい気持ちになったり、やりきれなくなったり、それでいてけろっとしている自分もいるような、乗り越えることはいつかできるのかできないのか、それすらもよくわからないようなそういう出来事だった。

 


永遠はないんだな。
幾度となく思い知らされながらもまたそんなことを思う。錦戸さんは今どんなふうにその言葉を思うんだろう。「ない」と頭ではわかっていても、何度「ない」と思い知らされるような出来事があったとしても、そして永遠はないから今を大切にしよう…というのはもちろんそうで、その通りなのだけれど、それでも。

そんなふうに言うのは夢がないと、あの時のように今も心のどこかで思っていてくれたらいいな。そうやって思っている限り、永遠を願うその刹那にはきっと永遠は存在しているんだって、わたしは思うので。





 


アイドルで、ジャニーズで、関ジャニ∞で、NEWSであった錦戸亮ちゃんがわたしに与えてくれたものの大きさがあまりにも計り知れなくて、とてもじゃないけれどわたしのこんなブログの1記事なんかには書ききれなくて、そんな中で少しでも錦戸担の自分自身の気持ちの整理になればと思って書いてみました。

 

錦戸亮さんへ。
あなたがジャニーズとして過ごしてきた日々、いくらありがとうと言っても言い切れないです。
どうか、この先の人生がこれまで以上に幸に満ちたものでありますように。


君がいつまでも 幸せでありますように。

 

 

 

 

f:id:undertheseaa:20190930233000j:image

最後の日の今日、ジャニショに行ってきました

ニシキドリョウの文字が並ぶレシートも最後だね

確実に決意を決めたあととわかっている数枚、全部同じ笑い方してるんだよ、ないちゃうよね

 

 

2019.09.30

*1:でもそれは、そうなってくると錦戸亮という男の美学に反するんだろうというのも何となくわかるのですが それでも…

気付いたらこんなにも僕は 君で出来ていたんだ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

自分が思っていた以上にすきで、大切で、言葉にするならわたしにとって「あこがれ」と表現するのが1番近い。そんな存在だって気付いてしまった春だった。

 

 

 

発売日に「イチリンソウ」を購入した。

NMB48卒業後初のソロツアー「LIVE TOUR 2019〜I'm ready〜」Zepp Tokyo2日目に参加した。

幸運にも当選して、ユニバーサルミュージック移籍後初シングル「イチリンソウ」発売記念イベント東京2部に参加してきた。

 

 

正直自分でもびっくりしている。今のわたしの気持ちの量に。わたし、こんなにさや姉個人のことを好きだったんだっけ。アイドルを卒業したさや姉を、こんなに好きでいるつもりだったんだっけ。

 

いや、もちろん知っていた。わたしは山本彩という人が、というか「さや姉」がとても好きで尊敬していて、そしてなにより前の記事で書いたように私はこの人のお陰でオタクという人種になった。

 

 

 

でも。

わたしは前の記事を書いた時点、つまりさや姉がグループを卒業した時点ではシンガーソングライターとして活動する''ソロのさや姉''をこんな風にCDを買ったりツアーに参加したりしながら応援するような気持ちは、おそらく、なかった。いやうそ。正直に言ってしまおう、なかった。

更に白状してしまえば、卒コンに行った時点で、わたしはそれまでに発表していたソロアルバム「Rainbow」も「Identity」もろくに聞いたことがなかった。さや姉のソロといえばNMB48として発表した曲しか知らなかった。

 

 

 

そんなわたしが、さや姉の今までに出したソロアルバム2作を初めて聞いたのは2019年に入ってからのことだった。1月の後半、秋学期の試験勉強をしていた頃。

きっかけはアマゾンミュージック。Prime Studentの会費を払っていながらめったに映画も見ないし、たまに使う通販のお急ぎ便くらいしかメリットがないような感じがしていた頃、ひょんなことからその存在を知ってアプリをダウンロードした。アナログな事務所のグループのファンであることもあって、普段からSpotify*1とかApple Musicは使わずに、聞きたい音楽はCDを買うかレンタルするかというアナログっぷりを発揮していましたが、アマゾンミュージックをダウンロードしたら制限はある*2ものの、今まで買う/レンタルしたことはなかったけれど気になっていた曲を聞くことができて、ハマってしまった。

そんな時。あ、さや姉聞いてみようかな。と思い付きでさや姉のアルバムをダウンロードした。それが始まりだった。

 

 

 

アルバムが、めちゃくちゃ、良かった。

完敗だった。なんで私、RainbowもIdentityも行ってないんだろうって思った。さや姉の歌が、声が、好きなのは知っていたのに、なんでツアーに行かなかったどころかアルバムを聞こうともしなかったんだろう。あまりにももったいなかった。 

まさにこんな気持ちだった。私が好きだったのは、アイドルの、そして私の大好きなNMB48のキャプテンとしての、もっと言えば大好きなみるきーの「運命の人」である存在としての山本彩さんだと思っていたのだけれど、聞けば聞くほどさらに好きになってしまった。

作曲ももちろん、作詞にさや姉の人となりが溢れているようで、さや姉の歌のいいところが詰まっていて、どんどん再生回数が増えていった。卒業時、いつかソロのライブに行こうかな、とどちらかといえば軽い気持ちで言っていたのが、これは行かなくてはという気持ちになった。

 

 

 

 

4月に「イチリンソウ」が発売されて、5月にさや姉のソロのライブには初めてお邪魔して、そして6月にリリイベに参加させていただいて、気づいてしまった。

いきなり泣いてしまった。泣かされた。

BAD DAYSで始まる時点で、なんというかすごくさや姉「らしい」と思うのだけれど、JOKERがもうだめだった。JOKERのあのイントロが。ソロライブは初めての参加で、ライブハウスも軽音をやっている友人の出演していた小さな会場以外は初めてで、見よう見まねで周りの人達に合わせて人差し指を掲げたあの神聖な空間。JOKERを聞くたびに思い出す。このイントロだってさや姉が作曲したんだもんな。絶対忘れないだろうし、忘れたくない感情で景色だった。

 

 

 

 

今に始まった話ではないけれど、さや姉は、あれだけのビジュアル、アイドルとしてもシンガーソングライターとしても十分すぎるほどの才能を持ち合わせていながら、わけがわからないくらいに謙虚で真面目だ。

絶対に奢らないし、それを自慢にしているようには到底見えないし、ストイックで努力を欠かさない。

 

 

 

I'm readyで、リリイベで、何がよかったって先のツイートのMC内容もそうだけれど、凡なおたくにはわけがわからないくらいのその謙虚さ・真面目さが今のさや姉の「やりたいこと」たるシンガーソングライターとしてのソロ活動に注ぎ込まれていることが、そしてそれを本気で楽しんでいることがさや姉の様子からも曲からも歌からもMCからもビンビンに伝わってくることだった。リリイベで話してくれた内容については、これから大阪も控えていると思うと書かないほうがいいのかなと思うのだけれど、さや姉も、普段は厳しくもさや姉の才能を十二分に買ってくれているプロデューサーさんも見据えている場所があること。

ツアーのMCで話してくれた、Identityツアーでは思い悩んでステージに立つことが怖くなったけれど、今回のツアーでは1つ1つが身になっていて、違う自分になれているような気がすること。自分だけじゃなくてお客さんが楽しんでくれていることが伝わってきてさらにライブを楽しめていること。これからも音楽と自分と向き合っていきたいこと。

そうやって話すさや姉の目に曇りはなくて、どこまでも清々しくて真摯で、ひたむきで、心からそう思っていることが伝わってきた。

あまりにも謙虚でクソがつくほど真面目で、その真面目さはたまに生きづらいほどなんじゃないか*3と今までにも何度か思ったけれど、それを乗り越えてイキイキしているのが目に見えてわかるさや姉が今を楽しめていると伝えてくれたことが本当に嬉しくて、眩しくて。

NMB時代の誰もが付いていきたい、求心力と人望のあるキャプテン・さや姉がソロで生きることを選んで、さらにパワーアップして全身全霊でそれを全うしようとしている姿を、私は見た。

 

 

そして、さや姉の人間としてのあったかさをひしひしと感じる空間だった。チームSYのみなさんとの関係性も、ユニバーサルのプロデューサーさんとの関係性も、ファンに対しても。

ありがとう、ありがとうと何度も言ってくれたし、心からそう思ってくれていることは言葉からもその表情からも十分すぎるほどに伝わってきたけれど、ありがとうって言いたいのはこっちだよ〜〜と、ありがとうを受け止めながら思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

これらを経て、アイドルだったさや姉も、今のさや姉も、わたしにとって言葉で表すならば「憧れ」が一番近いのかもしれない、なんて気付いた。

いつだったか、NMB48を追っかけはじめた頃、おそらく2012年の最後か2013年の初めごろだったと思うのだけれど、さや姉が何かのインタビューで「ファンからなんと呼ばれたいですか?」と聞かれて「さやかちゃん」と答えていたことが心に残っている。*4

その時、「さやかちゃん」と呼ばれたいらしいけれど、わたしはさやかちゃんと呼べない、まじでごめんだけどわたしにとってはどうしてもさや姉なんだよな…というようなことを思って、そのまま「さや姉」と呼び続けて今に至るのだけれど、今思えばそれも、わたしにとってその時も今もある種「憧れのお姉さん」だからなのかもしれない。

 

 

 

 

 

さや姉最高だな、と改めて気付けた2019春、ロッキンへの出演も決まって本当に喜ばしい。こんなに才能があって努力を惜しまない素敵な人なんだから、どんどん評価されてほしい。

今までにさや姉が出演した各種ロックフェスでさや姉を見た邦ロック好きの友人数人から、さや姉はいいねと言われるたびに、でっしょ〜〜???とさや姉の代わりに勝手に誇ってしまっている。

彼女の音楽と直接の関係はないけれど、とりあえずこれを見ればさや姉の最高がわかるな?と思った最高をここに引用させて頂きます。

本当に、早くもっと多くの人がさや姉は最高だって気付けばいいのに。私はこれからもさや姉の最高を大切に消化しながら生きていきます。

 

 

 

 

 

個人的には、極寒の国から帰還し好きな人たちそれぞれのリリース・ツアーに吸い込まれたような2019春、現場楽しい現場楽しいと言っていたら気付いたら魔の『大学3年の6月』を迎えていたような感覚*5で…まだまだ書きたい現場と気持ちがあるのでぼちぼち書いていきたいような、でもなんとなく書けなさそうな気もしています。とりあえずさや姉が最高だなって気持ちを抑えられなくなったので書いてみました。

トップガンさいこ〜〜Love Storyさいこ〜〜と言いながら、来月からのツアーを心待ちにしつつ、錦戸亮ちゃんのレンジャーに好きが溢れたりしています。最高なお姉さんをあこがれと呼ぶからには、わたしも自分のやることしっかりやらなきゃな〜〜と、思います。自分が好きでいられる自分でいるために、がんばろうね!わたしもがんばります。

 

 

 

 

 

 

 

*1:洋楽を好んで聞くような友人が多いのもあって、私の周りには愛用者が多い。完全なる余談ですが、錦戸さんも風磨さんもシゲアキさんも、Apple MusicではなくてSpotify信者だと信じて疑ってません、さや姉もそうなんじゃないかな。

*2:今のところLimitedへの課金はしていないので。3months 100yenキャンペーンめちゃくちゃ惹かれている…

*3:そんな風に思ってしまうのは、わたしがクソがつくほど能天気であるせいかもしれませんが

*4:それより後に同じ質問をされた時は、何と呼んでくれても構わないとも言っていた

*5:こんなに何もしてなくていいんでしょうか、私はまだ現段階でリクスーを着たことがないです

私をオタクにした女・さや姉〜卒業おめでとうございます〜

 

 

 

 

 

 山本彩さん、卒業おめでとうございます!!!

 

 

 

 

 

2018年11月4日、NMB48劇場での卒業公演を終え、山本彩NMB48を、アイドルを卒業しました。

こちらこそ本当にありがとうございました。

8年間、本当にお疲れ様でした。

NMB48山本彩が大好きでした。

 

 

 

NMB48のSP握手会inパシフィコ横浜、そして「山本彩 卒業コンサート SAYAKA SONIC~さやか、ささやか、さよなら、さやか~」in万博記念公園に行ってきました。その感想やら私の見てきた6年間の思い出やら、書きたくなったので卒業に寄せて。長いです。

 

 

 

 

 

「さやかささやかさわやか\さやか~!/ささっとやさしさあざやか\さやか~!/」

といえば、言わずと知れたさや姉の自己紹介キャッチフレーズですが、「さやかささやかさよならさやか」なんてそんなさみしいことあるかよ、タイトルとしてはうまいけど。そんなことを思いながら大阪行きの夜行バスに乗りました。

推しであったみるきーこと渡辺美優紀ちゃんが卒業してからというもの、随分とゆるおたになっていましたが、さや姉の卒業なんだから行かなきゃ、と思いました。さや姉だから。そう思わせるだけのものが彼女にはある。NMB48結成当初以来のキャプテンでエースで、常にNMB48を引っ張ってきたと言える人で、そして私をオタクという人種にしてしまった彼女には。*1

 

 

 

 

 

万博記念公園での卒業コンサート、本当に本当に良かったです。

 

行くまで大阪駅から約1時間かかると知らなくてマジかと思ったし、モノレールの駅しか最寄駅がないって帰りの混雑がバイヤーなのでは…?*2と思ったけれど、会場に着いてセットを見て、振り返った時に太陽の塔の背中が見えて、あぁこれは山本彩が卒業するコンサート会場として文句がなさすぎる…と思いました。控えめに言って最高のロケーション。
(ほぼ)アイドルのコンサートにしか行かない私にとって初めての野外会場*3しかもオールスタンディングという条件に、MCで座れない辛さ・身長の低さゆえの背伸びによる筋肉痛はもうとんでもなかったですが、そんなことはどうでもよくなる、筋肉痛くらいでこの景色を見せてもらえるのなら上等というようなコンサートだった。こういうコンサートを見たい、と思っていた気持ちに盛大にお釣り、いやそれ以上のものをもらった。帰途に着いて、人生イチという言葉が何度もよぎるような。

 

 

 

 

1曲目から「初めての星」やられて泣かないわけがないじゃないですか!?!?

メンバーにとってもファンにとっても大事な大事な曲で、私も大好きで。アカペラでのイントロもさや姉らしかったね。聞きたい曲の一つとして考えていたこともあって嬉しかった。卒業特別公演がある以上、ここ天曲はやらないかなとも思ったし。

 

 

さや姉が本当に綺麗だった。

特に最後のドレス姿。1番かわいい時期、1番ビジュが好みな時期、それぞれのオタクによりけりであると思うけれど、誰でも1番綺麗!と私が思うのはやっぱり卒業の時だなぁ…と惚れ惚れした。

 

 

卒業コンサート」という性質上、誰の卒コンもエモさとか集大成とか最後のアイドル「らしさ」が追い求められることはわかっているけれど、今回のサヤソニはそのあたりを余裕でクリアして更に余韻を残してくれたというか…

セトリにある種のストーリーとか「この位置にこの曲が来る意味」を求めがちな私としてはこういうコンサートをさや姉が最後にやってくれたことが本当に嬉しかったです。

 

 

そしてやっぱり私の頭に何度も蘇るのは、1期生の登場で…

NMB1期が大好きとは常々言ってきましたが、その1期生が集まってまたパフォーマンスをしてくれるのも、嬉しそうに楽しそうにしているのも、こんなに素敵なサプライズってないなと涙が止まらなかったなぁ。

反吐がでるほど見たかった、けれどもう見られないはずの景色だったから。

全体的なセトリ、演出、パフォーマンスもそうでしたが1期生の登場も含めてまさに「見たいものを見せてもらった」、そう思いました。

 

 

私はさやみるきーの亡霊となった(?)みるきー推しなのでその時のことを書いておくと、

みるきー登場曲が「僕はいない」で、まあ皆さんご存知みるきー卒業シングルなんですが、正直わたしはみるきーが登場してめちゃくちゃに嬉しい感情の中でも「へえ、『僕はいない』なんだ…?」と思ってました。ユニットじゃないのね?と。「今ならば」を2人でやってほしかった気持ちはどことなくあって…いやだってさや姉あなたが作曲したやん!みたいな。

でもサビに入ってやっと思い出しました、これやべえんだった!!!!!と。

そうです、「違うビーチで同じ海を見ているかもしれない」のハグ………一通り騒いでから、エッさや姉これやりたくてこの曲選びました…?とふらふらしました。へぇ……さや姉はみるきーとハグしたかったの………へぇ……さやみるきー………。

 

ふらふらしながら、さやななみるきーのMCに入って、いや2人とも照れすぎじゃないです??いちいちそんなに照れないでくれよこっちの心臓がもたないから……(もっとやれサイコー!!!!)という気持ちで聞いていました。やっぱりさやななみるきーはいいね、、、。みるきーが「さやかちゃん」呼びするだけで悲鳴のあがる女性専用ブロック(ずっとそう呼んでたのに冷静に考えると謎、でもあげずにはいられなかった…)に私もいて、一緒にきゃーきゃー言ってました。さやみるきーという関係性がそれとしてものすごくいいのはもちろん、そこに他のメンバーが入ってくれるとより一層、ですよね、たんななに限らず。というか、たんなな卒業時にさやみるはまだあの甘々期に入っていなかったような気がするので、そういう意味でもまたよかった。NMBを引っ張って来たとも言える3人のキャラが改めて濃すぎるだろ……とも思いました。最高かな?

 

 

でも、1期生が退場したタイミングだったかな…?「僕だって泣いちゃうよ」の前だったと思いますが、あまりにも一期生に沸く会場に何かを感じてか言った一言があまりにもさや姉らしかったな、とも思いました。でも何言ってたかは、忘れたんですけどね…。

私もつい1期生についてばかり書いてしまいましたが、現役のNMBメンバーとのパフォーマンス(いやむしろこっちが主だったのだが)もNMBらしくて、今のNMBすごくいいなって思いました。さや姉とももちろんそうだけれど、全体的にすごく活気があっていい雰囲気だなと。さや姉が大丈夫だと思った、そして自身が「起爆剤」となった結果でもあるのかな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

7/30に最初に卒業の報を聞いた時、



涙が止まらないながらも、ああ、とうとう1人でやっていくんだな、というおめでたい、祝福したいような気持ちが大きかった。ちなみに、私はもう何年も前から卒業考えていたのかな〜と思っていたしそうツイートしましたが、ご本人は2年前と言ってましたね。




でも、卒業卒業と銘打ったラジオや雑誌や諸々のインタビューを読んでいると、ね…
女性アイドルはいつかは卒業するものだと思っているからなのか、そしてどんなメンバーが旅立ってもそのグループであり続けてくれるだろうと思っているからなのか、女の子のアイドルの「卒業」に対しては寂しさを感じることはあってもどうしようもない悲しさを感じることがあまりなくて*4、割と今までの卒業も前向きに捉えてきたけれど、
それでもやっぱり寂しいもんは寂しくて。

 

 

 

 

さや姉がもう離れても大丈夫だと思ったNMB48だとしても、もう彼女たちは「さや姉がいるから」という安心感には頼れなくなるんだな、と思った。今までどのメンバーが卒業してどんなに大きな穴が空いたように思えても、「さや姉がいるから」、そういう信頼を私はさや姉に置いていました。

さや姉って圧倒的な存在感だったじゃないですか。抜群のビジュアルもそうですが、歌もダンスも、ソロ活動を含めてパフォーマンスの点でもそうだし、「センター」であるだけの輝きがあるし、そして何よりメンバーの精神的な支えでもあったと思う。彼女は絶対的にキャプテンだった。

 

NMB48結成以来、最初から「引っ張らなきゃ」と自身も言葉にしつつ行動してきてキャプテンを任され、グループを引っ張ってきたのは映像にも残っている*5し、そのリーダーシップはなんというか半端ではなかった。いつだってNMB48を背負っていて、彼女の全ての活動はNMB48のためだった。2014年の第6回総選挙*6とか、2015年の第7回総選挙速報の時とか*7。言い出せばきりがないけれど、私の印象的なところだとこの辺で…普段涙を見せないさや姉が泣くのはだいたいNMB48のことだった*8し、彼女の全てがNMB48に注がれてきたのはもう私が書くまでもないと思う。

 

みるきーが卒業した2016年夏以降、私は一歩離れたところからNMB48を見ていて、正直、さや姉はなんでまだ卒業しないんだろう…と思うこともたまにあって、

もちろんみるきーが卒業するにあたってNMB48にピンチを感じてチームKとの兼任を解除し、後輩を育てようとそれまで以上に腹をくくった、それはわかっていたけれど、例えば彼女自身のソロコンが成功したと聞いた時とか、「いつまで山本彩に頼るのか」と銘打ったさや姉抜きのコンサートが開催されて、1年目こそチケットを余らせて悔しい思いをしたけれど2年目のRevengeではとうとう完売させたとかそういうニュースを聞いた時には特に。卒業して自分の道を進むことも十分にできる人だと思っていたからこそ、私にはわからないさや姉のNMBでやるべきことがあるんだな…などと思ってました。責任感が本当に強い人なんだな、と。

でもね、最後のあいさつを聞いて、外野でそんなことを思っていた自分は間違っていたなぁと。

NMB48が大好きで、大切で、何よりも守りたかったからです。」

それに尽きるんだなぁ、と。

責任感ももちろんだけれど、何よりNMB48を愛していたんだなと伝わってきて…今までもさや姉はこう答えていたけれど、卒業コンサートの最後の挨拶という場で実際に聞いて、やっとストンと腑に落ちました。

私もさや姉が大好きだったNMBが大好きだったよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

キャプテンとして、エースとして、NMB48を牽引してきてくれて本当にありがとう。

今はそういう気持ちでいっぱいです。 本当に偉大だった、山本彩という人は。

きっと彼女ならこれからの人生も切り開いていけるし、それが楽しみだし、幸多きものとなることを願います。

 

 

 

 

そして私をオタクにしてくれてありがとう。色んなことを思いながらですが、こういう風にアイドルを見続けること、楽しくて仕方ないです。

私をアイドルのオタクにしたさや姉のアイドル卒業、見届けられて本当に良かったなーーーー!!!!

 

 

 

 

 

 

 

改めて、卒業おめでとうございます。

音楽の道を生きるという夢を叶えて、ずっとずっと道しるべであってください。

やりたいこと さぁ やってみてごらんよ

無我夢中

憧れてた夢がそう現実に…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

*1:それまでもアイドルに対する「好き」はあってそれこそ今の自担もそうだったけれど、この人のファンをやりたい!と思ったのはさや姉が初めてでした!

*2:実際なかなかでした……今後何かイベントがあった時のために記録しておくと、規制退場をがっつり受けたブロックで終演後モノレールに乗るまで1時間20分かかりました

*3:もちろんわたしの好きなグループも経験があるんですが私は行ったことがなく…

*4:逆に言うと、性質的に似ているとされがちな言葉で「卒業でない方」には感じます。でも、それぞれそのどちらかを経験している人を応援しているファンとして、私はその2つの言葉は全く違うものであると捉えています

*5:スター姫探し太郎に感謝…

*6:1位も期待された中で1位こそならずも大幅ジャンプアップの6位でしたが、

今回の選抜メンバーで、今のところ名前が呼ばれているのはNMB48からは私1人だけです。まだ諦めてはいないんですけど、NMB48が私は大好きなので、もっとNMB48を全国に、全世界に売り出していきたい。

という言葉が出てくるところとか

*7:自身の順位が上がっていようとも、「大苦戦」とされたNMB48の状況に号泣してしまったことはすごく印象的だった

【第7回AKB総選挙】山本彩、NMB大苦戦に号泣 | ORICON NEWS

*8:2013年、初の紅白が決まったときだってそうだった…

君なしじゃ見れない景色があった

 

 

 

いつからこんなに好きになってしまったのだろう、いつからこんなにズブズブになってしまったんだろう?

事あるごとにこんなことを考える。そのくらい私にとっては予想外だったなぁ。まさに青天の霹靂。

 

 

 

 

菊池風磨くんを好きになりました。

Sexy Zoneのオタクになりました。

今年の5月のことです。

気づいたら落ちていて、気づいたらSexy時代を創りたい、私もそれを見届けたいと思わされていた。







過去のどの私にこの話をしても、きっと信じてはもらえないと思う。この際率直に言うけれど、グループ名やばくない?と笑いながら話した記憶があるし、今私が自担と呼ぶ彼に関してはどちらかというと苦手だったから。

しかも、同じ事務所の沼にいたわりに全然、そりゃもう本当に全く知らなかったんですよね、びっくりするくらいに。カウコンに全員が出演できないくらい若いグループ、というイメージしかなかったのでは。どのくらい知らなかったかといえば、(今となっては笑い話だけれど)2017サマパラ後に会った友人の松島担が怒涛の勢いで感想を話す中、

「せくしーぞーん…?健人くんと勝利くんがどっちがどっちかわかんないなあ」

「ごめん、松島くんってどの人…?」(彼女には言えませんでした)

という有様でした。

 

 

 

 

 

 

 

そんな私が2017ベスアのラブマシーンをきっかけにじわりじわりと気になり始め、17-18カウコンのレポで読んだ(レポかい)「Sexy day after tomorrow」にて健人くんに落ち*1、その後再生したバズリズムでの「ぎゅっと」でトドメを刺されこちらの世界にやってきました。2018年の初笑いも初キュンも健人くんに持っていかれました。

1月末には24時間テレビでのパーソナリティ就任が発表され、まさに今、時代を創っていくグループなんだ…!とびっくりしたりもしました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

でも、「落ちた」感覚はあったものの、この時点でSexyたちを応援しよう!と決意したわけではなかったです。平たく言えば、まあこれ以上沼増やせないでしょ…と、思ってました。だって私、既に「追っかけている」自覚のあるグループが3つあったし。2つには躊躇なくお金を落としていたし。それでもひさびさにドル誌を手に取るようになったり、Sexy Zoneチャンネルを夜な夜な見たり、テレビ番組を追い始めたりはするようになって、でもなんとなく、ファンクラブに入って本格的にお金を落とす勇気がなくて。前述の松島担に健人くんの惚気を話していたら、ちょうど申し込みの始まっていたRepainting tourに誘ってくれたので二つ返事でお願いした、そんなところでした。健人くんやばい、絶対にやばい、Sexy Zoneも気になるし、とりあえず健人くんに会いに行くぞ!そんな気持ちでした。

 

 

 

 

そして予習もほどほどに、楽しみにしていたXYZ=Repainting当日を迎えました。確かにめちゃくちゃ楽しみではあった、あったのだが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

なにこれ。想像していた何百倍も何千倍も楽しいんだけど!?!?!?

てか、Sexy Zone可愛いのかと思って来たらめちゃくちゃかっこいいんだけど!?!?

 

 

 

 

 

本当に衝撃を受けた。

コンサートがあまりにも楽しすぎる。楽しい。楽しい。楽しい。健人くんマジかっこいい。楽しい。そんでそう思って健人くんロックオンしてるはずなのに風磨くんがやたらと気になる、やべえほどYJ臭するじゃん……楽しい。てかあのあっまくて優しい表情と声で客席に話しかけるの反則すぎない…!?楽しい。勝利くん顔ちっっっさ!?楽しい。松島くんは全然今までの印象がないけどこれは人気出るわけがわかるわ……楽しい。マリウス様は貴公子なのか?現代日本に舞い降りた貴公子?天使?どっちでもいいけど楽しい。

 

 

途中から楽しい以外の感情が死にました。そしてこんなに記憶を飛ばしたコンサートは初めてだった、その後に見たWSでもドル誌・TV誌の特集でも、こんな衣装着てた…?とびっくりしました。セトリも全く覚えてなかった。MC内容もほとんど覚えていませんが、セクチャンを見ながら喋りはまだまだ伸びしろがあるなあ…と思っていたので、その後約3年での成長っぷりにびっくりしたことはよく覚えています。やばい現在進行形で成長してる…と興奮が止まらなかった。

 

 

 

 

それでも、「楽しい」以外の感情が死に絶えた私の記憶にものすごく残ったところがあって。それがFantasy〜1秒の奇跡〜からフィルター越しに見た空の青までの3曲だった。そして私は、この3曲でSexy Zoneを本気で応援する決意を固めた。それまでの圧倒的な「楽しい」とこの3曲での彼らの魅せ方は、私にこれ以上沼を増やせないとかそういうことを全部どうでもよく思わせた。

 

 

 

 

 

特に、フィルター越しに見た空の青。

 

 

 

歌詞をその通りに読むならば、少し遠い街に住んでいる大切な「君」への思いを歌った曲だと思うんですが。

「君なしじゃ見れない景色があった」

青いキラキラに包まれながら、せり出して回るステージ*2でこう歌い上げるSexy Zoneを見ていて、まるでファンに対するラブレターみたいだな、と思って。何度も言うけれどこの時のわたしはSexy Zoneのファンであるという自覚はまだなくて。グループがどうこうというより健人くん個人にものすごく惹かれてコンサートに足を運んでいた。それでもこのコンサート、特にこの曲でSexy Zone自身のグループへの愛、そしてファンへの愛を感じて、あぁSexy Zoneいいグループだな、Sexy Zoneのオタク、愛されてんなと思った。それが率直に羨ましかった。そして、同時に私はこの人たちがグループとしてもっともっと大きくなるのを見たい、例えばドームや野外でライブをするのをこの目で見届けたい、応援させてほしいと心から思いました。だって可能性しか感じなかった、本当に本当に楽しくて、その一方で伸び代と思える部分もあって。すごくまっすぐでひたむきで一生懸命で、本気で時代を創る覚悟があるのも伝わって来た。いや、むしろそれが伝わってくるにはあまりにも十分な2時間半だった。

 

 

 

 

 

 

そんなこんなで健人くんに圧倒され、その一方で確実に風磨くんに爪痕を残され、楽しさに溺れつつSexy Zoneのオタクとなる決意をしたRepainting Tourでした。本当に、本当に楽しかった。

 

 

ちなみに、実際に風磨担となったのは、ツアーが終わってから銀髪の卒業式の写真を見たこと、そしてf:id:undertheseaa:20181013030241j:image

この画像をツイッターで見たことがきっかけでした。撃ち抜かれた。なにそれ!?好きなんだけど!?!?好きになっちゃう!!!ふたりじゃないけど今!!!

そんなことを思いながらSTAGEを拝見し、気付いたら風磨担を名乗るようになっていました。

でも、「気付いたら」とはいえ、生で風磨くんを見てどうしようもなく惹かれたその日から風磨担を名乗るまでには1ヶ月ほどかかりました。というのも、わたしは本当にこの人を担当にしてしまっていいのか、わたしの感情の中のいわゆるリア恋たる彼を担当と呼ぶのはある種の泥沼の始まりなんじゃないのか、とかそれはもう色々考えて随分と悩みましたが、やっぱり好きだという気持ちに抗うことはできなかった。そして、知れば知るほど風磨くんは魅力的で自担としか言いようがなくなってしまった。グループにも、そして菊池風磨くん個人にも様々な時期があったらしいということが様々なブログを読んだり映像を見たりしてなんとなく掴めてきたころ、STAGEメイキングを見て。そのオーラスにて

「あんまり言いたくないんだけど…俺、Sexy Zoneのこと、結構好きなんだよね。」

と、はにかみながら言うのを見たとき、だったんじゃないかな。この人ほんとうに信用できる人だな、ついていくしかない、もうどうしようもない、どうしようもなくこの人が好きで仕方がない!と心を決めたように思います。その時のわたし、大天才。風磨担、心の底から幸せだよ!心決めさせてくれた風磨くんはもちろん、わたしも心決めてくれてありがとう!!!!!

風磨くんが好きです。健人くんも、他3人のSexyたちももちろんそれぞれに大好きですが。風磨くんの顔が、歌が、センスが、努力家で真面目なところが、かつユーモアとウィットに富んでいておちゃめなところが、自分の哲学をもっているところが、周りの人との関わり方が、ファンへの愛情の届け方が、アイドルとしての生き方が、好きです。大好きです。

 

 

 

 

 

まあ正直、まだまだ知らないことばかりで、新しく知ることの多さに悲しくなったりもするけれど、それでも今のSexy Zone、今の風磨くんを今の私だったから好きになった、と思う。出会いは必然なんてよく言うけれど、本当にそうだと思う。このタイミングでのこの出会いが必然だったと(自分で言うと少し気持ち悪いけれど)思う。

サマパラ2017こと「風 is I?」を円盤で初めて見て、アンコールの最後の曲が嵐の「Oh Yeah!」で、風磨くんは3年間のソロコンで毎年その曲を歌っていて、その3年間の集大成の最後の最後の曲がそれであったと知ったときもそんなふうに思った。

「Oh yeah!」はもともとわたしにとっては今までの人生のある種のバイブルソングで。中学受験も大学受験も失敗したけれどそのとき次に進む力をくれたのはこの曲だったし、中高6年間辛いきつい辞めてやると何度も思った部活を最後の大会で全て自己ベストを出して引退した帰りの電車でもやっぱりわたしはこの曲を聞いていた。

もう一度 あの日に戻るとしても 同じ路選ぶだろう

わたしが、こうやって思えるんだから後悔ないぞ!次を頑張るぞ!とひとつひとつの局面で思って生きてきたのと、もしかしたら風磨くんも(もっともっと大きなフィールドで戦ってきたとはいえ)似たような思いを持って生きてきて、そしてこれからも生きていきたいのかもしれないな…と感じたあのとき、やっぱりこの出会いはわたしにとっては必然だったと思ったのです。わたしがずっと大切にしてきたフレーズを、もしかしたら最後だと知っていたのかもしれない3年間のソロコンの集大成で歌ってくれたことがわたしにとっては大きなことだった。

 

 

 

 

 

Sexy Zoneのおたくとなって約5ヶ月、Sexy Zoneのことも風磨くんのこともどんどん好きになる日々で、本当に出会えてよかったなあ。

しみじみとそう思う。

Sexy Zoneが時代を創るのを、てっぺんとるのを、これから見届けていきたいな、応援したいなと思います。がんばろうね!!

わたしも、頑張ります。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そういや、私が最初に風磨くんを気になったきっかけはMC中に彼が発していた奇声なのですが、これを当日一緒にいた友人誰一人として*3覚えておらず、ツイッターでいくら検索をかけようともヒットせず、もしかして風磨くんはそんな声発していないのでは…?私は幻聴で風磨くんを好きになってしまったのか…?とめちゃくちゃ不安になっています。お心当たりの方は一報くださると幸いです。横浜アリーナ5/3夜公演です。よろしくお願いします。

 

 

 

*1:出典を示せたらと思いますがいまいちうまく引っ張れない、だがしかしこの言葉の言い回しというかセンスというか、まさに「君の心に豪速球♡」でした。デイアフタートゥモローがセクシーだなんて考えたこともなかった

*2:SexyリフターZ……あれは取材時に突如付けた名前なんだろうか、可愛いので何でもいいんですけど

*3:4連だったのに…

今日は泣いたって

 

 

 

2018年7月8日。

とうとう、今日を迎えてしまった、私は7人の関ジャニ∞を見納めてしまった。

 

 

 

正直、心のどこかで来ないと思ってたんですよね。

いや、そりゃあ彼らの決断なのだからそんなことはないとわかりつつ、1mmくらい、ナノでもピコでも何でもいいけど、いつかどこかのタイミングで「そんなわけないやん!!あほか!!」とか、「お前らホンマにだまされとったん⁉あほちゃう⁉」みたいに言ってくれることを期待してました。そんなんされたらメチャクチャ怒るし嫌だし呆れる。普通だったら私はそんな人をその後信用しないと思う。それでも、史上最大のドッキリで~した☆彡 だったらどんなにいいだろうと思った。きっとそのドッキリ考えた人のこと死ぬほど恨むだろうなと思いつつ、その方がマシだと思った。集団催眠説も信じたくなってた。

そして、決めたんだからそんなこと言ってくれるなよ、絶っっっ対にねじ曲げんじゃねーぞ!!!って思う自分がいるのに、それでも、もういっそ、やっぱり決断が揺らぎましたって言ってくれたらどんなにいいだろうなとも思った。そんな人たちじゃないのを知っていて、そういうところが好きなくせにね。

 

 

あの日、4月15日から約3か月、いや気持ちの面では4月12日から*1なんだろうか、本当にいろんな気持ちが渦巻いて、いろんなことを思って、何度も何度も泣いて、悲しかったし寂しかったしきつかった。向き合うことと逃げたりもしたし、正直言えばめちゃくちゃ疲れた。でも関ジャニ∞を好きにならなきゃ良かったなんて一度も思わなかった。むしろもっともっと、好きの上限がどんどんなくなっていくような更新の仕方だった。あの会見だって、見なくて済む世界線に行けるのなら見たくなかったけど、私の大好きな関ジャニ∞が詰まりすぎていて、エッ会見出の新規いてもおかしくないやろ…とわんわん泣きながら考えたこともあるくらい。(まじでごめん)

 

 

7人の最後を見届けた、見納めた勢いのそのままに今書きはじめている。

この絶対に忘れなさそうな、そして絶対に忘れたくない3か月を私のために書き留めておこうと思った。オタクの私がオタクの私を整理するブログにしようと思うので、そんなのにも興味を持ってくれる人がいらっしゃるなら読んでいただければと思います。基本的に錦戸さんが好きで錦戸さんが大好き!という立場で書いているので気を悪くする方もいらっしゃるかもしれません。そのときはもう、合わねーな!とリターンしていただければ。この時点で1000文字超えてるのが怖い。

 

 

 最初に聞いたとき、嘘だと思ったのをよく覚えている。いや、まさか。

2017年の彼を知らないからそんなこと言えるんだよ、と思っていました。全身全霊でアイドルをやっていた、2017年の彼を。彼の担当ではないので私が見た彼は本当に一部分だったと思う。でも、そんな私もびっくりするくらい、2017年の彼は違った。

実際に記事が出ると、ファンにはおよそ信じがたい理由が並べられていて…少しだけ安心して、怒っていた。あの彼を知らない奴がそんなん書くんじゃねえよ、と。

 

でもいつからか、怖くなっていたのも事実で。真偽もわからないような情報には見向きもしない私のTLにすら若干のざわつきを感じて、いやそんなわけがない、とひたすら自分を思い込ませて過ごしていた4月14日の夜。ツイッターで情報が錯綜していくのを横目に見ながら、 落ち着かない気持ちのままスバラジを聞いて、いつもと変わらない下ネタにふにゃふにゃ笑って、そのあと聞いた大倉くんと高橋くん。

大倉くんの様子は普通ではなくて、(内容を書き留めたりしてはいないので記憶を頼りに書くけれど)被災されたリスナーさんからの、大倉くん(関ジャニ∞だったかもしれない)に助けられた…といったメールを読んだ時だった。「伝えたくても立場上伝えられないことがある」「俺も仕事を辞めたくなることはある」「でも応援してくれるみんながいるから」とか…かなりニュアンスだけれどそんな感じのことを言っていたと思う。大倉くんの声は震えていて、しかもその後の曲はLIFEだった。外は暴風雨で、それすらも不穏に思えて仕方がなかった。あの金曜日と関係しているのかしていないのか、何かがあった、そう邪推するには余りにも十分だった。思い出すと今でも打ちながら手と全身が震える。本当に、本当にこわかった。泣きそうな気分のままその日は眠りに落ちて、起きて早朝のバイトに向かいながら、ぐるぐる考えた。でも、私、その朝に、やっと気付いたんですよね。記事につづられた理由が信じられないからといってその見出し自体もデマだとは言い切れないって。理由こそ憶測だとしてもその事実自体は存在するかもしれないって。

そこに気づいてしまってから、ずっと心臓が早鐘を打っていた。道すがら「生きろ」と「answer」を聞いて涙が出てきて、結局全く集中できないままバイトを終えた。

そして9時35分にメールが来て、全身の寒気と震えが止まらなくなって、お腹もずっと痛くて。友人とラインをぽつぽつとしながら、地獄のような1時間半を経て、11時。

何か思うより先に涙が止まらなかった。すごい勢いで、こんなに嗚咽を漏らしたことがあるのだろうかという勢いで泣きながら、「ああ、こうなる運命だったんだ」みたいなことを思った記憶がある。見てすぐには、「なんで」が全然浮かんでこなかった。

彼は、関ジャニ∞を離れるのか。そうか。7人の関ジャニ∞は、もう見られないのか。過去のものになっていくのか。7人時代、になっていくのか。私の大好きな人の、「可愛がり道標を示してくれた」先輩は私の大好きな人とは別の道を歩むのか。

その事実がただ悲しくて、寂しくて、辛くて、ずっと泣いていた。昼のカレーライス*2を食べながら会見速報をぼんやり見ていた。その日その後何をしたのか、全く覚えていない。でもたぶん、1日中泣き続けていたんだと思う。何を考えるとかよりも、とにかく涙が止まらなかった。

その後1週間だか2週間だか、ベッドにタオルを持って入る日々が続いた。電車だろうと大学だろうと、すぐに目が潤んだ。一人になった瞬間に泣いていた。食欲も失せた。楽しみにしていたはずのKAT-TUNのコンサートも、2年ぶりに充電期間から復活するコンサートを前にさぞうきうきしていたであろう上田担に散々駄々をこね、めそめそしながら、ドームだというのに双眼鏡も忘れて行った。*3

意識して逃げていたつもりはない。でも、GR8ESTを買ったときに久々に向き合えた…と思った。ずっと信じられない気持ちも大きくて、セブンイレブンの広告が出たあたりで、飛び立つ顔をしている…とハッとしたりした。今でも信じられているのかはよくわからない。6人をこの目で見ないと信じられないのかもしれない。

 

 

 

 

私は、関ジャニ∞が、7人でなくなる未来を予想したことがほとんどなかった。

それは私がいわゆる新規であることに起因するのかもしれない、私は彼らの若い頃を知らない。昔から応援されていた方の言う色んな時期を知らない。この話自体、初めてではなかったんだろうなとかそういうことは思ったけれど、実際に7人でなくなる未来は私の中になかった。7人で笑っていてほしかった。7人がずっと7人でいてほしかった。

 

 

 

「永遠に続けなんて願わないから せめてあと少しもう少しだけ」

と、錦戸さんは「元気が出るSONG」で作詞している。この曲を初めて聞いたとき、なんというか、そこはかとない寂しさと切なさを感じたことはよく覚えている。うまく言えないけれど、この人は過去も全部背負ったまま、ここでも、ここにきても永遠は願わないと表現するのか、とそんなことを思った記憶がある。

なんにもわかってなかったんだな。今は思う。私は何一つわかってなかった。

私の知らないあれもこれも経験してきた彼は、彼らは、知っていたのかもしれない。

「永遠」の危うさ、難しさに。

私の大好きな人は、こういう未来を予想まではしなくとも想定はしていたのかな。

「永遠に続けなんて願わない」、でも「ずっと一緒」、私は当時意味が分からなかった。もしかすると、この時間は永遠には続かなくても、離れていても気持ちはずっと一緒、そういうことなのかな。

考えたって答えは出ないし、これこそ永遠に語られることもないんだろうし、語られない以上は何もかも勝手な憶測であり発言でしかないのだけれど、そんな風に思ってまた何とも表しがたい気分になる。

 

大体、アイドルのオタクでなければそんなこと夢見ないのかもしれないなとも。

私はいつか死ぬし、いつか死ぬということは私に関する全てがいつかは終わるということで…誰だってそうで、知識としては知っていたはずなのに、アイドルのオタクである私はいつの間にかその輝きに永遠を感じて、そのことを忘れてしまったのかもしれない。

 

この3か月、個人的にもたくさんのことがあって、私は「一生」「永遠」の類の言葉を、軽率に口にできなくなってしまった。「一生ついていく」といった類のことを今までのオタク人生において私は何度か言ったように思う。でも、新しく好きな人ができたり、好きな人のことを本当に好きなのかわからなくなったり、過去に好きだった人の今を信頼できなくなっていることに気づいたりして、今大好きでたまらない人を一生変わらずに好きでいる自信はなくなってしまった。その自信もないのに一生なんて言えない。一生も永遠もそんなに簡単なものじゃない。

 

でも一方で、そうやって考えていくと信頼できるのは今しかないんじゃないかなって。

今しか楽しめないし今しか生きられない、当たり前の結論に結局たどり着く。当たり前のようで、当たり前じゃないのかもしれないね。

嘘じゃない今を、もっと誇りを持って生きよう。特に、あのLIFEを見た今そう思う。

 

 

 

7/6,7,8と生放送3日間、そういう機会があって良かった。

7人最後の機会であるのと同時にツアー1週間前、最終調整の時期でもあるはずで、メンバーにとって色々な面で大変だったと思う。でもファンとして、この機会を見せてもらえて良かった、きっとあるのとないのとでは全然違った。頑張ってくれてありがとう。

どれもそれぞれに良かったし、普段のように笑ったり、どうしようもなくなって泣いたりしながら見ていたのだけれど、やっぱり最後の関ジャムかなあ。

「人数が変わってもウルフルズウルフルズやし、関ジャニ∞もそうでありたい」

「すばるくんとは関ジャニ∞でもずっと2人で歌ってきたのでジョンとポールまではいかないけど感慨深かった」

こういうコメントを「最後ですからね。」と出してくる錦戸さんがどこまでも錦戸さんで、「門出」の言葉を思い出した。こういう人だよな。彼なりの餞。

ジョンとポールだよ?彼がThe Beatlesに対して大きな尊敬を抱いていることは周知の事実で、そのジョンとポール…そうなんだな、錦戸さんが言うと妙にしっくりくる。そう思いながらしたセッションかと思うとまた涙が出る。

 

無責任ヒーローは本当に楽しそうで…スカパラさんとのセッション、めちゃくちゃかっこよくて、みんなが音を楽しんでいる感じがして、すごくよかった。無責任がこんなにいい曲って、今回のアレンジで初めて知ったような気がする。スカパラさん、本当にありがとうございました。

 

 

そして、ロマネ。最初に全員映った時、正直マジかと思った。だって錦戸さん、思いっきり泣くのこらえてるから。

7/5のレンジャーで、錦戸さんは「前しか見えてない」という内容のことを書いた。最初に読んだときは、ああ、この人は本当に強い、ついていきたい、と思ったけれど、色々なことを思い返す中で、後ろを見てはいられないと決心するあまりに最後の瞬間に感情をこらえてしまうんじゃないかって勝手に心配していて。単純に、脱退する側に対してはきついともいえる言葉であったことも少し寂しかったし。錦戸さんが、ずっと背中を追いかけてきた先輩であり、ずっと隣で歌ってきた仲間でもある大切な人との別れを迎えなくてはならないのなら、せめてそこに伝えたいことを伝えられなかった悔いやなんかを残してほしくはなかったし、寂しくないわけがないのに平気なふりなんてしてほしくなかった。これが私の単なるエゴだとしても、しっかり別れることは、後ろを向くことと同義ではないと思ったから。でも、ああいう書き方をしている以上あれが本心かもしれない、そこはわからない。

そんな気持ちでいたので、マジか錦戸さん泣きそうなのか…よかった…とは、やっぱり思った。大サビ前、明らかに上を向いてやり過ごそうとするのを見て、はらはらしながらがんばれ、と念を送った。「雅なる物語」のストーリー、のあの感じは、うまく表現できないけど、忘れない。忘れたくない。何度見たって涙が出てくるんだと思う。

 

 

そして、LIFE~目の前の向こうへ~。ハモリが既に歌えなくなっていて、サビでほろりと涙をこぼして。でも、「今日は泣いたって『いつか笑えるはず』そう言って」って歌ってるんです。無理だった。いつぶりに演技以外でこの人の涙を見たんだろう。こんな時でも綺麗に泣く。その表情と、涙がすべてだった。間奏で、この時間が終わってほしくないと本気で思った。それぞれがそれぞれに最後を嚙みしめていた。涙が止まらなかった。この人たちを好きになれてよかった。好きになれたことが私の誇りだと思った。

曲が終わって、「寂しかったね」と口にした錦戸さん。なんというか…正直ほっとした。らしいな、とも思った。やっぱり寂しかったよね、というのと、言語化できて、本人にちゃんと伝えられてよかった、というのと。その場面を見せてもらえたこと、本当にうれしかったし、関ジャムには感謝してもしきれない。本人が錦戸さんを見ることはなかったけれど、彼ららしいな、と私は思った。そこに曲げられないポリシーを感じて。見たらどうにかなってしまいそうで、どうにかなってしまうことは自分に許されることではないと考えていそうな。そういうところ、やっぱり2人は似てるんだろうな、とも思った。

 

 

 

 

 

おかげさまで、ロマネを、LIFEを聞くと自動的に目にスイッチが入って泣いてしまうようになった。

すばるくん、あなたのせいだよ、でもやっぱり嫌いになんてなれないし、どうかこれからの人生が幸せなものとなりますように。すばるくんの人生にとってジャニーズに入ったこと、関ジャニ∞のメンバーであったことが一番の誇りであるなら、これからの人生でも同じくらい誇りに思える何かがありますように。

 

今週末には6人体制でのツアーが始まる。あの人たちのことだから、きっと私の予想なんて軽く超えてくるんだろうな、と思うし、とにかく体には気を付けて(特に安田くん…本当に、ドームにベッド設置してくれても、なんでも、とにかく無理だけはしないでほしい。健康第一で。本当に)走り切ってほしいなと思います。今素直に楽しみだと思えるのも彼らの力で、やっぱり彼らはすごい。どうか6人の関ジャニ∞の未来が、幸多きものでありますように。

 

 

 

 

 

「今日は泣いたって 『いつか笑えるはず』そう言って」

私の大好きな7人全員、君がいつまでも幸せでありますように。

ふぁいと!かんじゃに!むげんだい!えいと!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

*1:ここを起点にするのはとても不愉快ではあるけど

*2:ほぼ3か月経ってもメニューまで覚えているものなんですね

*3:でも本当に良いコンサートで、元気をもらいました。ありがとうKAT-TUNそして上田担!!